日本経済新聞 2025年8月20日(水)の要約と「日常の音」
暮らしに潜む、心ときめく音
階段を上る足音、ドアが軋(きし)む音、コップが触れ合う音。日常の小さな物音に意識的に耳を傾けてみる。雑音も音楽なのかもしれないと初めて思ったのは、ジョン・ケージが1960年代に行った「ウォーター・ウォーク」というパフォーマンスのビデオを観(み)た時だった。作曲家自身がストップウォッチを手に、台所とバスルームを組み合わせたようなセットの中にたち、沸騰する圧力鍋の蓋を少し開けたり、ラジオを平手で叩(たた)いたり、氷をコップに入れたりして次々音をたてていく。時間を測っているのは、どの音をどの時点でたてるかが「作曲」されているからだろう。
日常生活の中でわたし自身が一番好きな音は、氷をガラスのコップに入れる音かもしれない。金属のボウルにフォークが当たる音もいい。熱くなったフライパンに卵が落ちてジュルジュル焼ける音も単純ながら捨てがたいし、岩塩を削る音も身が引き締まる。台所は味をつくる場だが、時には音をつくる場として楽しんでみてもいい。
この記事を読んで、「そういえば、私の好きな音って何だろう?」と、ふと立ち止まって考えた方もいらっしゃるかもしれませんね。
毎日を忙しく過ごしていると、たくさんの音を聞き流してしまいがちです。車の走る音、人々の話し声、キーボードを打つ音…。これらはみんな「雑音」として、いつの間にか耳が自動的にシャットアウトしてしまっているのかもしれません。
でも、コラムにあるように、意識を少しだけ変えてみると、日常は美しい「音楽」で満ちあふれていることに気づかされます。
この記事では、コラムをきっかけに「日常の音」の魅力に気づいた方や、ジョン・ケージやヨーコ・オノといったアーティストに興味を持った方へ向けて、音を楽しむためのヒントや、関連する情報をわかりやすくご紹介していきます。
ジョン・ケージってどんな人?「雑音」を音楽に変えた革命家
コラムを読んで、多くの方が「ジョン・ケージって誰だろう?」と気になったのではないでしょうか。彼は20世紀の音楽の世界に、大きな影響を与えたアメリカの作曲家です。
「音楽」の常識を覆した作曲家
ジョン・ケージは、私たちが普段「音楽」と考えているものの範囲を、ぐっと広げてくれた人です。
彼が登場するまで、音楽といえば、美しいメロディやハーモニーが、決まった楽譜通りに演奏されるのが当たり前でした。
しかし、ケージはこう考えたのです。
「静寂の中にだって音はあるし、街の騒音や、人が立てる偶然の物音も、すべてが音楽になり得るんじゃないか?」
まるで、一流レストランの料理だけが「食事」なのではなくて、家庭で作るお味噌汁や、道端で食べるおにぎりも、立派で素晴らしい「食事」だよね、と教えてくれるような考え方ですね。
「ウォーター・ウォーク」ってどんなパフォーマンス?

コラムで紹介されていた「ウォーター・ウォーク」は、そんな彼の考えがよく表れているパフォーマンスです。テレビ番組のために1960年に行われました。
ステージの上には、グランドピアノだけでなく、たくさんの日用品が並べられました。
- バスタブ
- 湯沸かし器
- 圧力鍋
- ラジオ
- 氷
- ミキサー
- アヒルのおもちゃ
ケージはストップウォッチを片手に、これらのものを叩いたり、鳴らしたり、操作したりして、次々と音を出していきます。その順番やタイミングは楽譜で決められていて、彼にとってはこれが「演奏」であり、「作曲」だったのです。
ミキサーの運転音、ラジオのノイズ、バスタブに水を注ぐ音…。一つひとつはただの「物音」ですが、それらが時間の中で組み合わさっていく様子は、まるで不思議なオーケストラのようにも見えます。
このパフォーマンスは、私たちに「音楽はどこにでもある」ということを、楽しく、そして少し衝撃的に教えてくれました。
<PR>周りの喧騒から離れて、雨音やコーヒーを淹れる音だけに集中してみたい。そんなとき、質の良いノイズキャンセリング・ヘッドホンが役立ちます。
音楽を聴くためだけでなく、「聞きたい音だけを聞く」「あえて無音を楽しむ」という、ジョン・ケージの思想にも通じる体験ができますよ。自分の世界に浸る、贅沢な時間のお供に。
ヨーコ・オノと音の世界
コラムでは、ジョン・ケージと交流のあったアーティストとして、ヨーコ・オノの名前も挙げられていますね。彼女もまた、「音」に対して非常に深いこだわりを持つアーティストです。
音に敏感だった少女時代
ヨーコ・オノは、子どもの頃から非常に音に敏感で、日常のささいな物音が気になって苦労したこともあったそうです。私たちが必要ないと感じる音を無意識に聞き流せるのは、ある意味で便利な能力ですが、そのせいで面白い音を聞き逃しているのかもしれない、とコラムは語りかけます。
彼女の作品には、観客に特定の「音」を想像させるようなものが多くあります。例えば、「心臓の音を聴きなさい」といった指示だけの作品などです。これは、実際に音が鳴っていなくても、私たちの頭の中で音楽が生まれることを示唆しています。
彼女の活動は、ジョン・ケージと同じく、アートや音楽の境界線を押し広げるものでした。日常の行為や音にこそ、アートの種が隠されていることを見せてくれたのです。
なぜ私たちは「生活音」に癒やされるの?ASMRとの不思議な関係
この記事を読んで、「氷がグラスに当たる音、好きだな」「雨の音を聞いていると落ち着くな」と感じた方も多いのではないでしょうか。
実は、特定の音を聞いて心地よさを感じたり、脳がゾクゾクするような感覚になったりする現象は、近年「ASMR」として世界中で人気を集めています。
ASMRって何?
ASMRとは、「Autonomous Sensory Meridian Response」の略です。日本語にすると「自律感覚絶頂反応」という少し難しい言葉になりますが、簡単に言えば「特定の音や映像によって引き起こされる、心地よい感覚」のことです。
例えば、こんな音を聞いたときに、頭の後ろや背中がゾワゾワっとしたり、リラックスしたりした経験はありませんか?
- 誰かが優しくささやく声
- キーボードをカチカチと打つ音
- シャンプーを泡立てる音
- 紙をくしゃくしゃにする音
- 包丁で野菜をとんとんと切る音
これらがASMRの「トリガー(きっかけ)」となる音の代表例です。
ジョン・ケージの考え方とASMRの違い
日常の音に注目するという点では、ジョン・ケージの考え方とASMRは似ているように思えるかもしれません。しかし、その目的には少し違いがあります。
項目 | ジョン・ケージの「環境音楽」 | ASMR |
目的 | 「音楽とは何か?」という常識に疑問を投げかけ、聴衆の意識を広げること。アートとしての問いかけ。 | 聞く人に心地よさやリラックス効果を与えること。個人的な癒やしや快感。 |
音の選び方 | 偶然性を取り入れる。意図しない音もすべて音楽の一部と捉える。 | 聞く人が心地よいと感じる特定の音(トリガー音)を意図的に作り出す。 |
聞き方 | 批判的、分析的に聞くこともできる。「これは音楽か?」と考えながら聞く。 | 感覚的に聞く。頭を空っぽにして、心地よさに身を委ねるように聞く。 |
ジョン・ケージが日常の音を「アート」の文脈で捉え直したのに対し、ASMRはもっと個人的な「癒やし」や「快感」の文脈で楽しまれています。
コラムで紹介された「フライパンで卵が焼ける音」や「氷をグラスに入れる音」が好きなのは、ASMR的な心地よさを感じているから、と言えるかもしれませんね。
あなただけの「好きな音」を見つけよう!今日からできるサウンド・ハンティング
せっかく「日常の音」という素敵な世界に気づいたのですから、今日から少しだけ「音探し」をしてみませんか? 難しく考える必要はありません。ほんの少し意識を向けるだけで、世界はもっと面白くなります。

ステップ1:キッチンは音の宝箱
コラムの筆者が一番好きな音を見つけた場所は、キッチンでした。キッチンは、味覚だけでなく聴覚も楽しませてくれる、最高のコンサートホールです。
- コーヒーを淹れる時間:豆を挽くゴリゴリという音、お湯が沸くポコポコという音、お湯を注ぐときのシュワシュワという音、カップに注がれるトクトクという音。一連の流れが物語のように感じられませんか?
- 野菜を切る音:キュウリの「サクサク」、キャベツの「ザクザク」、玉ねぎの「シャキシャキ」。素材によって全く違う音がします。目を閉じて音だけで何の野菜か当ててみるのも楽しいかもしれません。
- 炒め物や揚げ物の音:熱い油に食材が触れた瞬間の「ジュワーッ」という音は、食欲をそそる最高の効果音ですね。
ステップ2:「音の散歩(サウンドウォーク)」に出かけてみよう
いつもの散歩道も、「音」を意識して歩くだけで、全く違う景色が見えてきます。イヤホンを外して、周りの音に耳を澄ませてみましょう。
- 自然の音:風で葉が擦れ合う「サラサラ」という音、鳥のさえずり、遠くで鳴くセミの声。季節によってオーケストラの構成が変わることに気づくでしょう。
- 街の音:踏切の「カンカンカン」という警告音、商店街の賑やかな呼び声、公園で遊ぶ子どもたちの笑い声、お寺の鐘の音。街にはリズムがあります。
- 雨の日の音:傘に当たる「ポツポツ」という音、地面を叩く「ザーッ」という音、車が水をはねる音。雨の日ならではの、しっとりとした音楽が聞こえてきます。
ステップ3:自分だけの「音日記」をつけてみよう

心に残った音を、簡単なメモでいいので記録してみるのもおすすめです。
日付 | 時間 | 場所 | 聞こえた音 | 感じたこと・思い出したこと |
8/20 | 15:00 | カフェ | 遠くの席で氷がカランと鳴る音 | なんだか涼しげで、少しだけ時間がゆっくり流れたような気がした。 |
8/21 | 7:30 | 自宅 | 網戸の向こうから聞こえるヒグラシの声 | 夏の終わりを感じて、少しだけ切なくなった。子どもの頃の夏休みを思い出した。 |
8/22 | 23:00 | 寝室 | 遠くを走る救急車のサイレン | 誰かが大変なんだな、と少し心配になった。自分のいる場所の静けさを改めて感じた。 |
こうして記録してみると、自分がどんな音に心を動かされるのかが分かってきて、自分自身をより深く知るきっかけにもなります。
まとめ:あなたの毎日は、美しい音楽で満ちている

ジョン・ケージやヨーコ・オノが教えてくれたのは、特別な場所に行かなくても、高価な楽器がなくても、私たちの周りには音楽が満ちあふれている、ということでした。
階段を上る自分の足音、ページをめくる本の音、大切な人がドアを開ける音。
その一つひとつに耳を澄ませてみると、昨日までと同じ景色が、少しだけ豊かに、そして愛おしく感じられるかもしれません。
さあ、目を閉じて、少しだけ耳を澄ませてみてください。
今、あなたにはどんな音が聞こえていますか? その音は、あなたにとってどんな音楽でしょうか。
あなたの明日が、素敵な音で彩られますように。
窓辺に吊るされた風鈴が、ふとした風に「ちりん…」と鳴る。そのはかなくも美しい音色は、まさに暮らしの中のBGMです。
特に、岩手県の伝統工芸品である南部鉄器の風鈴は、高く、どこまでも響き渡るような余韻の長い音色が特徴です。ガラス製とはまた違った、深く心に染み入る音を楽しんでみませんか