日本経済新聞 2025年8月24日(日)朝刊春秋の要約と、人生を豊かにする「いろどり」のヒント
徳島県の上勝町という山あいの過疎の町で地元のおばあちゃんたちがモミジなどの葉っぱを集めて日本料理のかざり(つまもの)用に出荷するおもしろいビジネスをやっている。会社の名前は「いろどり」――。そんな話を聞いたのは2002年くらいだっただろうか。
▼町の農協に勤める横石知二さんが大阪出張時に入った店で、近くの席の若い女性客がつまものの葉っぱを大切そうに持ち帰るのを見てひらめき、仕事を立ち上げたのは1986年。2000年ごろは知る人ぞ知るだったいろどりはしだいに有名になり、著書がいくつか。映画にもなって、全国から視察が来るほどになった。
徳島県上勝町ってどんな町?
皆さん、徳島県上勝町をご存知でしょうか? 「葉っぱビジネス」や「ゼロ・ウェイスト」で知られる、自然豊かな小さな町です。
上勝町は、徳島県の中央部に位置する、人口約1,500人ほどの小さな町です。町の面積のほとんどが山間部で、昔から林業が盛んな場所でした。しかし、他の多くの地方都市と同じように、過疎化と高齢化が進み、特に高齢者の生きがいや収入源の確保が大きな課題でした。
そんな上勝町を、国内外から注目される町に変えたのが、これからご紹介する「いろどり」と「ゼロ・ウェイスト」という二つの画期的な取り組みなんです。
葉っぱビジネス「いろどり」とは?
「葉っぱビジネス」という言葉を耳にしたことはあっても、具体的にどんなビジネスなのか、ご存知ない方もいらっしゃるかもしれませんね。
「いろどり」は、上勝町のおばあちゃんたちが、山に自生するモミジや南天、季節の花などを、日本料理に彩りを添える「つまもの」として全国の料亭や料理店に出荷する事業です。
このビジネスのすごいところは、ただ葉っぱを売っているだけではないことです。
葉っぱビジネスの仕組み
- 誰でも参加できる: 畑仕事のように重労働ではなく、天候に左右されにくい。高齢の方でも無理なく続けられるよう、葉っぱの採取や選別、出荷作業が分担されています。
- 収入と生きがい: 参加しているおばあちゃんたちは、収入を得られるだけでなく、パソコンやFAXを使って自ら注文や出荷管理を行うことで、社会とつながり、生きがいを見つけています。
- 季節の恵みを活かす: 地域の豊かな自然をそのまま活かした、環境にも優しいビジネスモデルです。
これまでの常識を覆す、まったく新しい発想から生まれたビジネスなんです。
横石知二さんが描いた夢と、その実現までの道のり
この素晴らしいビジネスを立ち上げたのが、日経新聞のコラムにもあった、故・横石知二さんです。彼が描いたのは、「高齢者の自立」という夢でした。

奇想天外なアイデアの誕生
横石さんが葉っぱビジネスを思いついたのは、1986年のこと。出張先の大阪の料理店で、料理に添えられたつまものを若い女性が大切そうに持ち帰るのを見て「これは売れる!」とひらめいたそうです。
その時、横石さんの頭の中では、過疎化に悩む上勝町で、お年寄りたちが生き生きと働く姿が浮かんでいたのかもしれません。
夢の実現までの苦労
しかし、その道のりは決して平坦ではありませんでした。
- 「葉っぱでお金になるわけがない」: 当時、町の人たちは、奇抜なアイデアに耳を傾けてくれませんでした。長年培ってきた農業の常識とはあまりにもかけ離れていたからです。
- 粘り強い説得: 横石さんは、一人ひとりの家を訪ね、時には深夜まで語り合い、葉っぱビジネスの可能性を根気よく伝え続けました。
- 成功体験の積み重ね: 最初はわずかな人数から始まったビジネスですが、少しずつ収入を得られるようになったおばあちゃんたちの姿を見て、徐々に「やってみようかな」と賛同する人が増えていきました。
横石さんの「諦めない心」と、人々の心を動かす「情熱」が、この事業を成功に導いたのです。
「いろどり」が町に起こした奇跡
「いろどり」の成功は、単に経済的な効果だけにとどまりませんでした。町の人たちの心に大きな変化をもたらしたんです。

おばあちゃんたちの変化
変化の項目 | 以前の様子 | 「いろどり」を始めてからの変化 |
生きがい | 畑仕事や家事中心の生活 | 自分の力で収入を得て、いきいきと仕事に打ち込む |
社会とのつながり | 家族や町内だけでの交流 | パソコンやFAXを使い、全国とつながる |
自己肯定感 | 「お年寄り」としての役割 | 「プロの葉っぱ職人」としての誇りを持つ |
葉っぱビジネスは、単なる仕事ではなく、おばあちゃんたちが自信と輝きを取り戻すきっかけになったのです。
町全体の変化
「いろどり」の成功は、「やればできる」というポジティブな空気感を町全体に広げました。その結果、新しい挑戦への抵抗感がなくなり、次の大きなムーブメントへとつながっていきます。
葉っぱビジネスから生まれた「ゼロ・ウェイスト」
上勝町が世界中から注目されるようになったもう一つの理由が、「ゼロ・ウェイスト宣言」です。

ゼロ・ウェイストって何?
「ゼロ・ウェイスト」とは、「ごみをゼロにすること」を目指す取り組みです。上勝町は、2003年に日本で初めて「ゼロ・ウェイスト宣言」を行い、資源のリサイクルや再利用を徹底しています。
町にはごみ収集車がありません。住民は、約45種類の分別に協力し、自ら「ごみステーション」に持ち込みます。初めてこの話を聞くと「大変そう…」と感じるかもしれませんね。
でも、この取り組みも、葉っぱビジネスと同じように、住民の皆さんの意識が少しずつ変わることで実現できたことなんです。
二つの取り組みの共通点
- 小さなことから始める: どちらも最初は小さな試みから始まりました。
- みんなで協力する: 一人の力ではなく、町全体で取り組むことで、大きな成果を生み出しています。
- 「もったいない」の精神: 日本人が古くから大切にしてきた「もったいない」の心を、現代のビジネスや生活様式に取り入れています。
「いろどり」が地域に「やってみよう」という機運を生み出し、それが「ゼロ・ウェイスト」へとつながっていったのです。
いろどりブームから学ぶ、人生のヒント
横石さんのアイデアと情熱、そして上勝町の人々の挑戦は、多くのメディアで取り上げられました。
著書や映画で全国へ
2008年には、横石さんの体験を綴った書籍「そうだ、葉っぱを売ろう!」が出版され、大きな話題を呼びました。さらに、2012年には、女優の吉行和子さんが主演を務めた映画「人生、いろどり」が公開され、より多くの人に知られることになりました。
これらの作品は、単にビジネスの成功物語としてだけでなく、人生を豊かに生きるヒントを私たちに教えてくれます。
私たちが学べること
- 身近なところに価値を見つける: 当たり前だと思っていたものが、見方を変えれば大きな価値を持つことがある。
- 挑戦する勇気: 「無理だ」と言われても、信じた道を一歩ずつ進むことの大切さ。
- 生きがいを見つける: 年齢に関係なく、人は誰でも輝ける場所がある。
「いろどり」の物語は、私たちに「人生100年時代」をどう生きるか、という問いを投げかけてくれているのかもしれませんね。
徳島県上勝町「いろどり」を見学するには?
上勝町の取り組みに興味を持たれた方は、実際に訪れてみるのもおすすめです。
見学・視察の受け入れ
上勝町には、国内外から年間2万人以上が視察に訪れるそうです。個人での見学も可能ですが、詳しく話を聞きたい場合は、事前に町役場や関係団体に問い合わせてみましょう。
ゼロ・ウェイストセンター
「ゼロ・ウェイスト」を体験できる施設も充実しています。
- WHY(上勝町ゼロ・ウェイストセンター): ごみの分別やリサイクルの仕組みを楽しく学べる場所です。カフェやショップも併設されています。
- ごみステーション: 実際に分別されたごみがどのように管理されているかを見学できます。
「いろどり」の現場だけでなく、町全体が取り組む新しい挑戦を、ぜひ肌で感じてみてください。
最後に

横石知二さんが「葉っぱの日」である8月8日に旅立たれた、という日経新聞のコラムを読んで、改めてこの事業の奇跡と、そこに関わる人々の温かさを感じました。
「いろどり」は、単なるビジネスではなく、人々の心と地域を豊かにする、大きな「いろどり」を添えてくれたのだと思います。
私たちも、何か新しいことに挑戦する時、小さな一歩から始めてみませんか? きっと、そこから新しい「いろどり」が生まれるはずです。