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映画「ぼくが生きてる、ふたつの世界」から広がる「CODA」と「デフリンピック」の世界

日本経済新聞 2025年11月15日(土)朝刊春秋の要約とろう・難聴者文化への理解

呉美保監督の映画「ぼくが生きてる、ふたつの世界」は、ろう者の両親を持つ聴者の青年(CODA)の葛藤と成長を描き、その繊細で生き生きとした手話の表現に、思わず息をのんでしまう作品です。特に、きこえない人たちの飲み会での手話による楽しげなやりとりは、私たちに「きこえない世界」の自然な豊かさを教えてくれます。

手と指の動きのあざやかさに、息をのんでしまう。ろう者の両親を持つ、聴者の青年の屈折と成長を描いた呉美保(オミポ)監督の映画「ぼくが生きてる、ふたつの世界」。きこえない人たちが、飲み会で手話による丁々発止のやりとりをする場面などとても楽しく、自然なのだ。

往還の物語である。吉沢亮さん演じる若者は子どものころから、ろう者と聴者のあいだを行き来してきた。

(有料版日経新聞より引用)

このコラムは、主人公のように「ふたつの世界」を行き来する人々、そしてその世界への関心を深めてくれる国際大会「デフリンピック」の開幕について触れています。この記事では、このコラムをきっかけに知ってほしい「CODA」の存在や、知られざる手話文化の魅力、そしてデフリンピックについて、一つひとつ優しく紐解いていきます。


CODA(コーダ)って何? ふたつの世界を生きる人たち

コラムにも登場した「CODA」という言葉、皆さんはご存知でしょうか。これは Children of Deaf Adults の頭文字をとった略語で、「ろう者の親を持つ、聴者の子どもたち」という意味です。映画の主人公がそうであるように、彼女・彼らは幼い頃から、音のない「ろうの世界」と、音に溢れる「聴者の世界」という異なる二つの文化の中で生きています。

CODAの日常と葛藤

CODAの方々は、親子の会話だけでなく、時には家族の通訳として、聞こえる世界と聞こえない世界の橋渡し役を担います。例えば、病院や役所での手続き、電話でのやり取りなど、聴者にとっては当たり前のコミュニケーションをサポートすることが、子どもの頃から日常の一部となっていることがあります。

  • コミュニケーションの架け橋:手話と音声言語、両方を使いこなすバイリンガルな存在です。
  • 文化の通訳者:ろう文化と聴文化、それぞれの価値観を理解し、伝えます。

しかし、その役割は時に大きなプレッシャーや葛藤を生むこともあります。

葛藤の内容具体的な例
責任感と負担子どもなのに親の代理として「大人」の役割を求められ、精神的な負担を抱える。
アイデンティティの揺らぎろう者のコミュニティでは「聴者」として、聴者のコミュニティでは「ろう者の家族」として見られ、どちらにも完全には属せない感覚を持つことがある。
誤解との闘い親の障害を隠そうとしたり、逆に注目されて辛い思いをすることもある。

コラムにもあるように、CODAの方々は「葛藤を抱えつつも2つの世界の架け橋となる」大切な存在です。彼女・彼らの抱える繊細な思いを知ることが、多様な家族のあり方を理解する第一歩になります.

CODAを支える活動と理解の広がり

近年、CODAの存在や抱える悩みに対する社会的な関心が高まってきました。映画や書籍、そして当事者によるコミュニティ活動などを通して、CODA自身が自分の経験を語り、お互いを支え合う場が生まれています。私たちができることは、まず「CODA」という言葉と、その背景にある家族の多様性を知ること。そして、彼らが無理なく自分らしく生きられるよう、温かい目で見守り、サポートの輪を広げていくことです。


デフリンピックという扉:もうひとつの世界への往来

コラムが開幕を知らせている「東京デフリンピック」は、CODAが架け橋となる世界とはまた別の、「きこえない人たちのカルチャー」を知る大きな機会を与えてくれます。

デフリンピックってどんな大会?

デフリンピックは、ろう者(Deaf)のための国際的なスポーツ大会です。オリンピック、パラリンピックに次いで世界で三番目に大きな国際総合スポーツ大会とも言われています。

  • 開催周期:夏季大会と冬季大会があり、それぞれ4年に一度開催されます。
  • 参加資格:聴力損失が55dB(デシベル)以上の選手が出場します。
  • 特徴:競技中に補聴器や人工内耳などの聴覚補助装置の使用は認められていません。

この大会の最大の特徴は、「音」を頼りにしない競技運営です。

通常の競技との違いデフリンピックでの対応
スタート合図ピストルの音ではなく、光信号や旗(サイン)が使われます。
審判の指示手話や旗、サインで選手に伝えられます。
応援「サインエール」という、手話や手の動きを使った応援方法が開発され、温かい拍手も手を頭の上でひらひらと振る「きこえない拍手(デフ・クラップ)」で行われます。

今回の東京開催は、日本で初めてのデフリンピック開催です。世界約80カ国から3千人ものアスリートが集い、熱戦が繰り広げられます。これは、きこえない人々のスポーツに対する情熱や文化に触れる、またとないチャンスです。

応援で体験する「もうひとつの世界」:サインエールとデフ・クラップ

コラムにもあったように、デフリンピックでは、聴覚に頼らない新しい応援の形が生まれています。私たち聴者も、この機会にサインエールやデフ・クラップを体験し、きこえない世界との「往来」を深めることができます。

  • サインエール:手や指の動きでリズムやメッセージを伝える応援。
  • デフ・クラップ:手を上げてひらひらと振る拍手。視覚的に称賛を伝える方法です。

会場でサインエールを送り、デフ・クラップで称賛を伝える体験は、きっと新しい感動と、きこえない文化への理解をもたらしてくれるでしょう。


手話文化の豊かさ:感情を伝える躍動する言葉

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」の冒頭で触れられている、手と指の動きの「あざやかさ」は、まさに手話が持つ豊かな表現力と文化的な深さを象徴しています。

手話は「言語」です

手話は、ただ日本語を手の動きに置き換えた「ジェスチャー」ではありません。コラムで俳優の忍足亜希子さんが「ろうは自分の個性」と強調されたように、手話はろう文化を支える独自の文法と表現を持つ独立した言語です。

手話には、以下のような特徴があり、感情や情報を豊かに伝えます。

手話の構成要素説明
手の形(手形)指の組み方や開き方。単語の基盤となる形です。
手の位置(場所)体のどの位置で手話をするか。場所によって意味が変わります。
手の動き(運動)手をどのように動かすか。動き方や軌跡が意味を担います。
手の向き(方向)手のひらや指先が向いている方向。
非手指要素(NMS)表情、口の動き、視線、体の傾きなど。感情や文法的な情報を伝えます。手話の豊かさを最も表す要素です。

忍足さんの「手と指を躍動させて手話文化の豊かさを説いた」という言葉は、手話が単なるコミュニケーションツールではなく、感情やユーモア、詩的な表現までも伝える「文化」そのものであることを教えてくれます。#PIC5

私たちにできること:手話への第一歩

コラムが示唆するように、この映画やデフリンピックは、私たちが「もうひとつの世界」を知るための入り口です。手話文化に触れることは、自分の世界を広げる素敵な機会になります。

  • 手話講座への参加:市町村やNPOなどが主催する手話入門講座に参加してみる。
  • 手話通訳者の仕事を知る:CODAの若者のように、通訳という仕事が聴覚障害者の生活をどのように支えているかを知る。
  • 映画・ドラマでの手話表現に注目:「ぼくが生きてる、ふたつの世界」のように、手話が重要な役割を果たす作品を見る。

手話は、言葉だけでなく、相手の顔の表情や体の動き、空間の使い方など、五感をフルに使ってコミュニケーションする楽しさを教えてくれます。私たちが手話に興味を持ち、学ぶ姿勢を見せることが、聴覚障害のある方々との心の距離を縮めることにつながります。


ろう者の俳優たち:個性としての「ろう」を伝える

コラムの最後に触れられている、忍足亜希子さんのエピソードは、手話文化の普及における大きな転換点を示しています。

「ぼくが生きてる――」で母親役を演じた忍足亜希子さんのデビュー当時、インタビューにうかがったことがある。ろう者の役をろう者が演じることが珍しがられていた時代だ。忍足さんは「ろうは自分の個性」と強調し、手と指を躍動させて手話文化の豊かさを説いた。そのことばを、いま、あらためて思い出している。

忍足さんが活躍し始めた時代は、ろう者の役を聴者の俳優が演じることも少なくありませんでした。しかし、彼女が「ろうは自分の個性」と語り、自ら手話の美しさや文化の深さを表現したことで、「当事者が演じること」の重要性や、ろう者のリアルな生活と感情を伝えることの価値が広く認識されるようになりました。

これは、単なる演技を超えて、ろう者自身のアイデンティティと尊厳を社会に力強く示した瞬間だったと言えるでしょう。映画「ぼくが生きてる、ふたつの世界」でも、ろう者の俳優が主要な役を演じることで、より自然で、真実味のあるろう文化が描かれています。

多様性が叫ばれる現代において、「個性」としてのろうを表現し、その文化を惜しみなく共有してくれる俳優さんたちの存在は、私たちに新しい視点と感動を与えてくれます。


まとめ:往還の物語はこれからも続く

コラムは、CODAの若者が聴者とろう者の世界を「往還」する物語であり、デフリンピックもまた、多くの人が「もうひとつの世界との往来」を体験できる機会だと結んでいます。

  • 映画は、CODAという存在を知り、その葛藤と愛の深さに触れる入り口。
  • デフリンピックは、ろう文化の強さ、手話の美しさに触れる国際的な祭典。

どちらも、私たちの日常に存在する「ふたつの世界」に目を向け、理解を深めるための、優しくて力強いきっかけをくれています。この機会に、手話やろう文化について少し調べてみる、デフリンピックのニュースに注目してみるなど、小さな一歩を踏み出してみませんか。私たちが好奇心と敬意を持って接することで、異なる文化の「往還」は、もっと楽しく、豊かなものになるはずです。






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