30秒でわかるこの記事
- 原監督は最初から自主性重視だったわけではなく、規律を徹底するところから始まった
- 月1回の「目標管理ミーティング」で、選手自身が目標と行動計画を言葉にする
- 「自分で強くなる4ステップ」の循環が、指示待ちにならない選手を育てている
箱根駅伝の中継を見ていて、私はいつも同じところで手が止まる。区間エントリーが発表された瞬間の選手のコメントが、みんなやたらと落ち着いているのだ。「監督に言われたので頑張ります」ではなく、「自分の課題はここだったので、こう準備してきました」というトーンで話す選手が本当に多い。正直、最初は「強豪校だから余裕があるだけでは」と思っていた。でも調べていくうちに、これは偶然でも余裕の表れでもなく、青山学院大学陸上競技部が日常的に仕込んでいる「人材育成の仕組み」の結果だと分かってきた。この記事では、原晋監督がなぜ選手に答えを与えすぎないのか、目標管理ミーティングという月1回の場が具体的に何をしているのか、そして「自分で強くなる」ための4つのステップを、私なりに整理してお伝えする。
青学って、原監督が全部決めていると思っていませんでした?

私はこの記事を書くまで、原監督のイメージを「毎日檄を飛ばして選手を引っ張るタイプの熱血監督」だと勝手に思い込んでいた。テレビで見る箱根駅伝の沿道での声かけが印象的すぎて、そのイメージがずっと固定されていたのだと思う。
就任当初は「疑いの目」から始まっていた
意外だったのは、原監督自身が最初からこの自主性重視のスタイルだったわけではないという点だ。監督就任直後の青山学院大学は、寮を抜け出しての遅刻や規律違反が頻発していた時期があり、当初は選手を管理し、疑いの目で見るところから指導が始まっている。そこから3〜5年かけて「人として当たり前の生活」を根付かせ、少しずつ選手に権限を渡していくスタイルへ移行していった。私はこの「最初から自由にしていたわけではない」という順番が、実はすごく大事なポイントだと感じている。信頼して任せる前に、まず土台となる規律を全員で共有する期間があったからこそ、後から権限を渡しても組織が崩れなかったのだと思う。
ビジネス経験を陸上部に持ち込んだ
原監督には中国電力での会社員経験がある。営業職として数字と向き合い、目標設定と振り返りのサイクルを回してきた経験を、そのまま陸上部の組織運営に応用したのが今のスタイルだ。私はここが一番面白いと感じた。スポーツの指導論の外側から来た人だからこそ、「体育会系の精神論」に染まらない仕組みを作れたのだと思う。同じ大学駅伝の強豪校の中には、長年カリスマ性のある指導者がトップダウンで引っ張るスタイルを取ってきたチームもある。どちらが正しいという話ではなく、原監督は自分の会社員経験から「人に一方的に指示するより、自分で考えさせたほうが結果的に強い組織になる」という感覚を持っていたのだろうと私は感じている。
選手が自分の目標を話す「目標管理ミーティング」
この記事の核心は、月に1回行われる「目標管理ミーティング」にある。5〜6人程度の小グループに分かれ、選手一人ひとりが自分の目標と、そこに向けた課題・行動計画を仲間の前でプレゼンテーションする場だ。
何を話すのか、具体的な中身
話す内容は「今月の走力の目標」だけではない。「なぜ今その課題があるのか」「先月の振り返り」「次にどう動くか」まで含めて、自分の言葉で語ることが求められる。他人の評価と自己認識のギャップに気づかされる選手も多いという。私はここを読んで、これは陸上部の話であると同時に、社会人が上司や同僚に自分の仕事の進め方を説明する場面とほとんど同じ構造だと感じた。
4年間で何回、自分の言葉で目標を語るのか計算してみた
私は正直、「月1回のミーティングくらいで本当に人が変わるものか」と半信半疑だった。そこで実際に数字で試算してみることにした。月1回×4年間(48ヶ月)なら、単純計算でミーティングの回数は48回になる。1人あたりの発言時間を仮に5分、グループの平均人数を5.5人とすると、1回のミーティングの所要時間は27.5分。これを48回分積み上げると1,320分、つまり約22時間になる計算だ。22時間というと、1日ずっと語り続けてもまだ足りないくらいの分量である。この22時間分、選手は「他人の練習メニュー」ではなく「自分の課題」を言葉にし続けることになる。これだけの回数、自分の頭で考えて言語化する経験を積めば、指示待ちの姿勢が抜けていくのも納得できる数字だった。
フィードフォワード型という考え方
一般的な「反省会」は、過去の失敗を振り返る「フィードバック型」になりがちだ。青学のミーティングは、次に何をするかという未来の行動に焦点を当てる「フィードフォワード型」で設計されている。私はこの違いを知って、社会人の1on1にもそのまま使えそうな考え方だと感じた。過去を責めるのではなく、次の一手を一緒に考える。この空気があるからこそ、選手は失敗を隠さずに正直に話せるのではないかと思う。
答えを教えすぎないのはなぜ?

原監督のインタビューを読んでいて印象的だったのが、「答えを先に与えない」という姿勢を意図的に貫いているという発言だった。
教えることと考えさせることのバランス
新入生に対しては、生活習慣や基礎的な体づくりなど「型」をきっちり教える。ただし、レース展開の判断や自分の課題の見つけ方については、あえて口を出しすぎないようにしているという。私はここに、子育てや新人育成にも通じる線引きの難しさを感じた。何でも教えてしまうと成長が止まり、放っておきすぎると迷子になる。
選手同士のフィードバックが機能する理由
目標管理ミーティングでは、監督ではなく選手同士がコメントし合う場面が多い。同じ苦しさを知っている仲間からの指摘だからこそ、素直に受け止めやすいという側面がある。監督が一方的に評価を下すより、納得感のある改善につながりやすい仕組みだと感じた。
区間配置という「大きな決断」でも同じ姿勢が貫かれている
この「答えを教えすぎない」姿勢は、日々の練習だけでなく、箱根駅伝本番の区間配置という大きな決断にも表れている。ある大会で山登りの5区に起用され、区間新記録を打ち立てた選手の例では、実はその起用が確定したのは大会直前の12月中旬だったという。周囲からは平地区間の候補と見られていた選手だったが、監督は早い段階からその選手の適性の芽に気づき、しかし最後まで焦って結論を急がず、選手自身の状態や成長を見極めた上で決断している。私はこのエピソードを知って、「教えすぎない」というのは練習メニューだけの話ではなく、選手の可能性を信じて見守る姿勢そのものなのだと感じた。
「自分で考える」と「好き勝手にやる」は違う

自主性という言葉を聞くと、「じゃあ自由に練習していいの?」と誤解されがちだが、青学の仕組みを見ているとそれは全くの別物だと分かる。
自由と自主性の境界線
自由放任であれば、練習量も生活リズムも各自バラバラになるはずだ。しかし青学には朝5時起床、22時門限、22時15分消灯という共通の生活ルールがあり、この土台の上で初めて「何を目標にするか」「どう改善するか」という部分にだけ選手の裁量が与えられている。私はこの「枠は共通、中身は自分で考える」という設計が、自主性を機能させる肝だと思う。
目標管理シートという可視化の道具
口頭だけでなく、手書きのシートに目標と行動計画を書き出して共有する運用も取られている。頭の中の考えを紙に書き出す作業自体が、あいまいな決意を具体的な行動計画に変換する効果を持つ。私自身、仕事で目標を紙に書き出すようになってから物事が進みやすくなった経験があるので、この部分は特に共感できた。
青学式「自分で強くなる」4ステップ
ここまでの内容を、私なりに4つのステップに整理し直してみた。単なる「自主練習」ではなく、考える習慣そのものを作る循環になっている点がポイントだ。
ステップ1〜2:目標を決めてギャップを見る
まず①自分で目標を決める。次に②今の自分と目標とのギャップを冷静に見つめる。ここで大事なのは、目標もギャップの分析も、監督が用意した「正解」ではなく、自分の言葉で行うという点だ。たとえば「区間○位を目指す」という目標を立てたなら、次に「今の自分の走力と、そこに必要な走力の差はどれくらいか」を自分自身で分析することになる。この分析を人任せにしないことが、後のステップの質を左右する。
ステップ3〜4:言葉にして実行し、また次を考える
③何をするかを自分の言葉で言語化し、目標管理ミーティングで仲間に共有する。そして④実際に実行し、その結果をもとにまた次の目標を考える。この①→②→③→④の循環を月1回のペースで4年間続けることで、「自分で強くなる」思考の型が体に染みついていく。私はこの循環を見て、目標が達成できたかどうかよりも、この4ステップを「回し続けること」自体に価値があるのだと感じた。1回の成功や失敗で終わらせず、必ず次のステップに戻ってくる仕組みになっているからだ。
箱根駅伝だけでは終わらない?この力は社会人でも役立つのか

私が一番驚いたのは、この仕組みが競技成績のためだけに作られたものではなさそうだ、という点だった。
卒業後も評価される力
目標を自分で設定し、行動計画を言語化し、周囲と共有しながら実行する力は、そのまま職場でのマネジメント能力や後輩育成に直結する。実際、青学出身の歴代キャプテンやマネージャーの中には、社会に出てからも組織づくりの分野で活躍している人が少なくないという話を、原監督自身が講演などで語っている。ビジネスの現場でも「自律型組織」というキーワードで、この目標管理ミーティングに近い考え方が紹介されているのを見かけたことがあり、スポーツの世界の話だけでは終わらない広がりを感じた。
会社員経験のある監督だからこその視点
原監督が中国電力時代に培った「目標管理」というビジネス用語をそのまま陸上部に持ち込んだのは象徴的だ。スポーツの世界と会社組織の世界、両方を知っているからこそ、「勝たせるための指導」と「育てるための指導」を両立させられているのだと思う。金融広報中央委員会のインタビューなどでも、原監督自身が「覚悟がなければ結果は出ない」という言葉で、選手の主体性を引き出すことの重要性を語っている。
青学の強さを見ていて意外だったこと

最後に、調べていて素直に「へえ」と思ったことを3つだけ挙げておきたい。
意外だったこと①:規律は最初からではなかった
冒頭でも触れたが、今の自主性重視のスタイルは最初からあったものではなく、規律違反が頻発した時期を経て何年もかけて作られたものだった。強豪校の「完成された文化」に見えるものほど、実は地道な積み上げの結果なのだと感じさせられた。
意外だったこと②:教えないことも指導のうち
「教えすぎない」という姿勢が、放任ではなく意図的な指導方針として明言されている点も新鮮だった。答えをすぐに与えないことが、遠回りに見えて実は一番の近道になっている。
意外だったこと③:入学時点では他校に負けていた
自主性を重んじる仕組みが機能する前提には、そもそも入学時点で圧倒的な才能を集めていたわけではないという事実がある。ある年度の入学者データを見ると、上位5名の5000mベストタイム平均は、ライバル校よりも大きく劣っていたとされる。それでも大学4年間で自分の頭で考え続けた結果、勝てるチームに育っていった。私はこの事実を知って、「自主性を育てる仕組み」こそが、才能の差を埋める一番の武器になり得るのだと実感した。
他の強豪校の指導スタイルと比べて何が違うのか
自主性重視という青学のスタイルは、大学駅伝界の中でも独特な立ち位置にある。
カリスマ型の指導との違い
大学駅伝の強豪校の中には、長年にわたり指導者の強いカリスマ性と熱量でチームを引っ張ってきたところも少なくない。トップダウンで「これをやれ」と明確に示すスタイルは、短期間でチームを立て直す力が強い一方、指導者が変わった途端に組織の強さが揺らぐリスクも抱えやすい。原監督のスタイルは、選手一人ひとりに考える力を積み上げていくため、特定の個人に依存しにくい組織を作れるという違いがある。
「一人のエース」より「層の厚さ」を選ぶ発想
チームの勝ち方にも同じ発想が表れている。接戦を一気にひっくり返せるような突出したエース選手に頼る戦い方もあれば、青学のように誰が走っても一定水準を出せる「層の厚さ」で勝負する戦い方もある。私はこれも、選手全員に自分で考えさせて底上げする人材育成の延長線上にある結果なのだと感じた。一人のカリスマに頼らず、全員の思考力を底上げする。この積み重ねが、指導者の代が変わっても揺らぎにくい強さにつながっているのだと思う。
では、こうして「自分で考える」ことを身につけた青学の選手たちは、卒業して社会人になったあと、どんな道を歩んでいるのだろうか。この続きは、また別の記事でじっくり紹介したい。
ちなみに、こうした「答えを教えすぎない」マネジメントの考え方は、スポーツの世界に限った話ではない。組織のトップが一人で決めすぎないことの大切さは、日本初の女性宰相として注目された高市早苗氏のリーダーシップを振り返った記事でも感じたことなので、興味があればあわせて読んでみてほしい。
→ 初の女性宰相!高市早苗氏に学ぶリーダーシップと政治の歴史
そして、原監督の人材育成の「土台」となっている、青学の具体的な練習方法や故障予防の仕組みについては、こちらの記事で詳しくまとめている。
→ 青学はなぜ箱根駅伝で強いのか?練習に隠された10の仕組み
よくある質問

Q. 原晋監督はどうやって選手に自分で考えさせているのですか?
生活習慣など基本的な「型」はしっかり教える一方で、レース展開の判断や課題の見つけ方はあえて口を出しすぎず、選手自身に考えさせる形を意図的に取っています。
Q. 目標管理ミーティングとは具体的に何をする場ですか?
5〜6人の小グループで月1回集まり、選手一人ひとりが自分の目標・課題・行動計画を仲間の前で発表し合う場です。
Q. 目標管理ミーティングはビジネスの1on1と何が違うのですか?
過去の反省に重点を置く「フィードバック型」ではなく、次にどう動くかという未来の行動に焦点を当てる「フィードフォワード型」で設計されている点が特徴です。
Q. 選手同士で意見を出し合うのは気まずくならないのですか?
同じ苦しさを知る仲間からの指摘だからこそ受け止めやすい、という側面があります。監督からの一方的な評価より納得感を持ちやすい仕組みになっています。
Q. 原監督は就任当初から自主性重視の指導だったのですか?
いいえ。就任当初は寮からの抜け出しや遅刻が頻発しており、まずは規律を徹底するところから指導が始まりました。3〜5年かけて少しずつ選手に裁量を渡すスタイルへ移行しています。
Q. 「自分で考える」と「好き勝手にやる」はどう違うのですか?
朝5時起床・22時門限・22時15分消灯といった共通の生活ルールという土台があり、その上で目標設定や改善方法にだけ選手の裁量が与えられています。土台のない自由放任とは異なります。
Q. 「青学式・自分で強くなる4ステップ」とは何ですか?
①目標を決める②現状とのギャップを考える③何をするか言葉にする④実行して次を考える、という循環です。この4ステップを月1回のペースで4年間繰り返すことで、自ら考える習慣が身につきます。
Q. なぜ原監督は答えを先に教えすぎないのですか?
答えをすぐに与えてしまうと選手の成長が止まってしまうため、あえて考える余地を残す指導を意図的に行っています。5区などの区間配置といった大きな決断でも、選手の状態を見極めながら結論を急がない姿勢が貫かれています。
Q. この人材育成の考え方は社会人にも応用できますか?
原監督自身が中国電力での会社員経験を陸上部の運営に応用しており、目標設定・言語化・実行というサイクルは職場のマネジメントや人材育成にもそのまま通じる考え方です。
Q. 目標管理シートには何を書くのですか?
自分の目標、現状とのギャップ、次に取る行動計画などを手書きで書き出し、グループ内で共有します。考えを紙に書き出すこと自体が、あいまいな決意を具体的な行動に変える効果を持っています。
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参考・出典
- note「【箱根駅伝・元区間賞が語る】青学大の強さの秘密は「目標管理」にあった。夢を叶える3つの極意」
https://note.com/sterling_squad - Number Web「寮抜け出し、遅刻続出…原晋は青学大をどう変えたのか?」
https://number.bunshun.jp/ - THE ANSWER「歴代主将やマネジャーらが卒業後も社会で活躍 青山学院大・原晋監督が貫く『未来志向』の人材育成」
https://the-ans.jp/ - UNITE powered by Unipos「自ら挑戦し、挫折し、成長する。“自律型” 組織のつくり方」
※本記事の情報は執筆時点のものです。内容は今後変更される場合があります。
